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2019.06.29 ホビー買取

怪獣ソフビが500万円!コレクターなら知っておきたい、マルサンとブルマァクとは

怪獣ソフビが500万円!コレクターなら知っておきたい、マルサンとブルマァクとは
ソフビを語るには外せないふたつのメーカーがあります。それが、マルサンとブルマァク。復興を支えたマルサン、自らブームを牽引したブルマァクは、日本のおもちゃ史にさまざまなエポックメイキングを残しました。高額取引されるソフビも多数あります。それぞれを紹介します。
1. ソフビコレクターが知っておくべき2つの会社
2. マルサンの歴史と、お宝ソフビ
3. ブルマァクの歴史と、お宝ソフビ

ソフビコレクターが知っておくべき2つの会社

戦後日本の復興を支えたのが、おもちゃだったことをご存じでしょうか。
終戦当時、食糧難による餓死者を減らすために食料の輸入は必須でした。しかし、国土は荒廃し、日本には資源がありません。
そこで、GHQの経済学者が食料援助の見返りとして、日本におもちゃの輸出を行うように指示したのです。なぜおもちゃなのか?というのには理由があります。

元々、大正から昭和にかけて、日本はセルロイド玩具の一大輸出国だったからです。アメリカをしのいで生産量世界一になるほどで、東京の葛飾区を中心におもちゃ工場がたくさんありました。
また、米軍は当時おもちゃを11の生活必需品のうちの一つと位置づけていたそうです。米すら口にできない日本人にとってはショックですが、アメリカでは、1931年(昭和6年)にはマンハッタンにエンパイアステートビルが建ち、1940年(昭和15年)には『トムとジェリー』がカラーで放送されています。当時の日本と比べると、文化的な余裕が違いますね……。

最初から企画力のある大きなメーカーがあったわけではなく、当時おもちゃづくりに携わったのは下町の工場です。おもちゃの輸出は外貨を稼ぎ、食料の輸入を支えました。

こうして興ったおもちゃメーカーは、昭和40年頃からセルロイドの終焉に伴ってソフビ人形の製造へと移行していきます。怪獣をかたどったソフビは大流行。
復興と共に、日本で初めてテレビ番組と同時制作のおもちゃマーケティングが行われました。
ソフビコレクターが特に重視するメーカーが、マルサンとブルマァクです。
ふたつの会社の歴史と、取引されているソフビのビックリ価格を見てみましょう!

マルサンの歴史と、お宝ソフビ

●株式会社マルサン商店
1947年(昭和22年)〜1968年(昭和43年)
戦後間もなく、東京都台東区に創業。ソフビ怪獣を初めて製造し、一大ブームを作った立役者。ソフビを語るのに、マルサンは外せません。

1966年(昭和41年)に『ウルトラQ』、『ウルトラマン』の怪獣ソフビを作って大ヒット。ちなみに、『ウルトラQ』は、円谷プロによるウルトラマンシリーズの第一作目です。
1966年(昭和41年)から二年間ほどのこのブームを、第一次怪獣ブームと言います。この期間にはたくさんのソフビ怪獣が作られました。『ウルトラセブン』、『怪獣ブースカ』、『ゴジラ』シリーズ、『ガメラ』シリーズなど。この大ヒットがあったにも関わらず1968年に倒産しているのは、他のおもちゃへの多額の設備投資が回収できず経営難に陥ったため。

マルサン商店は50年代に素晴らしいブリキのおもちゃでも名をはせています。アメリカでは、当時のMARUSAN TIN TOYコレクターが多くいます。

『ウルトラQ』の怪獣であるガラモンのソフビ。
2016年12月2日に、ヤフオクにて5,018,000万円で落札されています。
入札件数は300件。商品説明には、「おそらくマルサンのガラモン」「商品状態はEランク(一部破損)」とありますが、それでもこの価格!

1969年に後継者が株式会社マルサンとして事業を再スタートし、怪獣ソフビを復刻させました。しかし、ファンの間では旧マルサンと現マルサンは別の会社とみなされています。旧マルサンは倒産時に資産を失っており現マルサンに引き継げるものがなかったこと、また、現マルサンはキャラクターの版権がなく、旧マルサンと同じような製造ができなかったためです。
現マルサンは、オリジナル怪獣ソフビを作ったり、レトロおもちゃをOEMで作る会社となっています。

→現マルサンのサイトはこちら
http://www.marusan-toy.com/home/index.html

ブルマァクの歴史と、お宝ソフビ

●ブルマァク
1969年(昭和44年)〜1977年(昭和51年)
マルサン商店の倒産にともなって、元マルサン商店の社長の甥と社員らが立ち上げた会社。
怪獣ブームが終わったため、創業当初はブリキのおもちゃ製造を主力としていましたが、怪獣ソフビの製造はお蔵入りにはなっておらず、続けられていました。そこへ第二次怪獣ブームが到来。

第二次怪獣ブームは、1971年(昭和46年)から1974年(昭和49年)です。円谷プロが1970年(昭和45年)に『ウルトラファイト』を放送すると怪獣ソフビが売れ始め、ピー・プロダクションの『宇宙猿人ゴリ』をきっかけにブームが再燃し、当時の子どもたちを熱狂させました。

ブルマァクは、これを見てキャンペーンを展開。円谷プロに新番組制作を働きかける、番組の単独スポンサーになるなどして、積極的に怪獣ソフビのブームを盛り上げて大ヒットを飛ばしました。関連商品を想定してソフトを制作する、テレビ番組と同時期におもちゃを売り出すという手法が確立されたのもこの時期です。

『返ってきたウルトラマン』、『仮面ライダー』、『デビルマン』、『怪傑ライオン丸』のほか、大量の特撮物、ヒーロー物番組が制作されました。

『ウルトラQ』の怪獣である巨大猿ゴローのソフビ。
2016年12月2日に、ヤフオクにて198万円で落札されています。
このほかにも、ブルマァク商品は100万円オーバーの取引が多数されています。

ところが、版権を持たない有象無象の工場が安価なソフビを量産したこと、オイルショックが重なって業績は悪化。第一次怪獣ブームと同じように、第二次怪獣ブームも長続きはせずに終焉を迎えました。1977年(昭和51年)、ブルマァクは倒産します。

しかし、ブルマァクのDNAも次の会社に引き継がれます。それが、アークという会社です。ブルマァクの代表だった鐏三郎氏はアークに入り、そこでも円谷プロなどの人脈をいかして特撮物のソフビを開発しています。
アークの倒産後も鐏三郎氏はずっとソフビの開発を続けていくわけですが、2007年に再びブルマァクを復活させています。

→現ブルマァクのサイトはこちら
http://www.bullmark.co.jp

もっと詳しく知りたい人は……
マルサンとブルマァクについては、本が出ています。文藝春秋『マルサン‐ブルマァクの仕事』、東西企画『マルサン・ブルマァクを生きた男』。ともに著者はくらじたかし氏。これを読むと、おもちゃへの熱い情熱がつたわってきます!興味のある方はチェックしてみてください!

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